このブログで取り扱っているNECのPC-6001や6601のシリーズのパソコンはトップ記事にも書いてあるように5機種あります。改めて並べてみると、

PC-60011981年11月10日発売
PC-6001mkII1983年 7月 1日発売
PC-66011983年11月21日発売
PC-6001mkIISR1984年11月15日発売
PC-6601SR1984年11月20日発売

発売日は今まで有志の方々が調べあげた情報に基づいています。

私は当時この中で PC-6001mkII を持っていました。

1982年のいつ頃だったか覚えていませんが、ある日親戚の家に行くと叔父から3冊ほどの本を貰いました。その中に「こんにちはマイコン」が有りました。同世代の人でマイコンを触った人なら誰でも知っている本でしょうが、知らない方の為にかいつまんで説明すると、漫画家のすがやみつる氏が書いたマイコン入門本です。当時はパソコンの事をマイコンと言うのが一般的でした。この本はすがや氏のベストセラー漫画「ゲームセンターあらし」の主人公である「石野あらし」を登場させ、PC-6001を使ってマイコンの使い方や歴史、未来のコンピュータ社会の可能性、BASIC言語の基本について等がわかりやすくマンガで書かれていました。
 参考:すがやみつるホームページ http://www.m-sugaya.jp/
    「こんにちはマイコン」は現在電子書籍で購入することが出来ます。
      http://www.ebookjapan.jp/ebj/title/14160.html

小学生だった私はこの「こんにちはマイコン」を読んで感動し、「マイコンを触ってみたい!」と思うようになりました。

同じ頃、当時地元に有ったデパートのおもちゃを売っていたフロアの一部に当時の最新鋭マイコンがずらっと並べられたコーナーが有ることを知り、私は目を輝かせてそのコーナーに通うようになりました。デパートの商品であろう製品に長時間触る事が出来た時代だったのです。このマイコンコーナーでは、コーナー担当と思われた従業員の方がゲームで遊んでいるのを見て「スゲェ」と感動したり、「こんにちはマイコン」に掲載されているゲームのプログラムを実際に打ち込んで、動かしてみたりしていました。Twitterで何度か言っていますが、この時初めて触ったのはシャープのMZ-721です。

そうこうしている内に、実際に家で使える自分のマイコンが欲しくなります。時期的にはっきりしませんが、電波新聞社のこれまた同世代には有名な雑誌「マイコンBASICマガジン」(以下ベーマガ)に出会い、掲載されているゲームのプログラムを入力すれば遊べる!と思ったのでした。こうして両親に「買って買ってマイコン買って」とせがむうるさい子が誕生しました。半年ぐらいはずっと言っていたと思います。
 参考:ベーマガは休刊していますが、発行元の電波新聞社は健在です。 http://www.dempa.co.jp/

ついに両親が根負けしたのかどうなのか聞いたことはありませんが、こうして我が家にマイコンがやって来ました。

それがPC-6001mkIIです。
この他にデジタルRGBを接続できるシャープ製の14インチテレビ(型番不明)とデータレコーダ(PC-DR330)も一緒にやって来ました。いつ来たかはっきり覚えていませんが、1983年の夏~秋にかけてだったんじゃないのでしょうか。

こうして私は小学生にしてマイコン・ライフ(?)を送る事になります。PC-6001mkIIの特徴であった「1024文字の漢字表示」「音声合成」。今の基準で考えると拙い機能ですが「漢字が表示できる!喋らせることが出来る!」と当時感動したのは嘘では有りません。そして毎月「マイコンBASICマガジン」を買ってゲームのプログラムを打ち込んで遊びました。当時のパソコン雑誌はゲーム等のプログラムのソースリストが載っていて、それを打ち込んで遊ぶことが出来ました。

PC-6001mkIIはディスクドライブが標準で付属していないマシンだったので、入力したプログラムはデータレコーダを使ってカセットテープに保存していました。そうやって写経のごとくBASICを入力していると、だんだん命令が理解できるようになり、自分でプログラムを作ってみるようになります。大抵、一発では動かないので、どうやったら動くようになるか考えたり、命令を試してみたりして試行錯誤するのも楽しかったのです。

また、それとは別にお小遣いを貯めて前述のデパートに行ってゲームを買ったりして遊んでいました。
中でも思い出すのは、ハドソンの「デゼニランド」を買って遊ぼうと思った所、英語入力で太刀打ち出来ず、結局英和・和英辞典を買ってもらって、それで英単語を調べながら謎解きにチャレンジした事だと思います。友達と一緒にやったりして、解き終わるまで結果的に半年はかかったんじゃないでしょうか。

最初にあげたように、この年の11月にPC-6601が発売されました。PC-6601は3.5インチのFDDを最初から内蔵していたので羨ましかったことも覚えています。今やフロッピーディスクその物がほとんど使われないレガシーデバイスとなった時代ですが。翌年にはPC-6001mkIISR/PC-6601SRが発売。PC-6601SRのカラーバリエーションの1つであるワインレッドは憧れでした。

その後、「ハイドライド」のPC-6001mkII版が発売されるという広告がベーマガに載って、こんな綺麗な画面で遊べるのか!と思った私はお年玉を使わないで取っておいて、デパートで「ハイドライド」を買いました。家に帰ってすぐロードしてあの綺麗な画面を見た感動はあの当時だったからこそ味わえた物だと思います。

中学に入ると、電波新聞社(マイコンソフト)の「タイニーゼビウスmkII」を購入して毎日のように遊び、「オホーツクに消ゆ」を暗記するまで何回も解き、「は~りぃふぉっくす 雪の魔王編」(マイクロキャビン)の最後のシーンで入力するコマンドが分からなくて悶絶していました。つい先日記事にもあげた「アスピック」を最後まで解いてエンディングに衝撃を受け、「タイムトンネル」(BOND SOFT)では一部アニメーションする部分があるという謳い文句につられて買いましたが、PC-6001mKII版はアニメーションしないので「広告と違うじゃん!」と怒ったり…といろいろゲームをやったのを思い出します。

当時、周りは猫も杓子も任天堂のファミリーコンピュータことファミコンを持っていましたが、私の家ではファミコンは「ゲーム専用機だから」という理由で買ってもらえませんでした。なので、ファミコンのゲームをする場合は友達の家に行っていました。上述のデパートもどんどんファミコンのコーナーが大きくなって、マイコンのソフトが売られなくなってしまったので、ソフトを買うには通販を利用していた記憶があります。

また、この頃になるとBASIC言語でプログラムを作るだけに飽き足らず、マシン語の参考書を買ってきて勉強もしていました。マシン語は今でも理解できていませんが(笑)

こうしていろいろと堪能していたPC-6001mkIIでしたが、高校進学時に家から離れる事になり、触る機会が殆ど無くなりました。たまに帰省してもあまり触らなかったと思います。こうして自分の中のマイコン熱もどんどん冷めていき、大学進学後には全て一式を捨ててしまいました。今考えるとものすごくもったいない事です。

数年前、アスキーのムックである「みんながコレで燃えた!NEC8ビットパソコン PC-8001・PC-6001 永久保存版」を店頭で見かけて「懐かしい…」と思って購入し、そして実機や当時のソフトを手に入れるようになり、今に至ります。TinyProjectさんの同人誌や自分でこういうブログを書くようになったのも、自分も年を取って当時に回帰したのでしょうか。
 参考:上記ムックのページ http://ascii.asciimw.jp/pb/ant/p8p6book/

最初に述べたように PC-6001mkII の発売日は 1983年 7月 1日。
PC-6001mkIIを製造・販売したのはちょうどこの日に「新日本電気株式会社」から社名が変更された「日本電気ホームエレクトロニクス株式会社」。後にPC EngineやPC-FXというゲーム専用機を生み出した会社です。1981年に同社から発売されたPC-6001は最初からホビーパソコン・教育用パソコンと位置づけられてきました。後継機のPC-6001mkIIもその流れを汲む物として位置づけられています。奇しくもNECが一度は参加しようとしたものの、結局撤退した日本初のパソコン統一規格「MSX」の発表から約2週間後の事でした。

PC-6001mkIIと私_01朝日新聞縮刷版1983年07月01日朝刊広告
朝日新聞縮刷版 1983年7月1日朝刊に掲載された広告。

「月刊アスキー」1983年10月号に、PC-6001mkIIのロードテストと開発者インタビューというのが載っています。記事中にはPC-6001を1981年に発売して、翌年の7月位から後続機の検討を進めてきた事が書かれています。また、PC-6001mkIIの購入層は小学生や中学生の子供を持つ親なのだそうです。このインタビューの最後に以下のようなやり取りが載っています。
Q:次のホームコンピュータのあるべき姿をどのように考えていますか。
A:買ってから、BASICの勉強をしなくても、とにかくすぐ使える、スイッチONと同時に使えることでしょうね。ゲームにしても高度なゲームを楽しめるといったような。それから、ホームオートメーションにすぐ役立つということでしょうね。

当時、パソコンを作っていた会社はどこもこの姿を目指していたのかもしれませんね。現在ではスマートフォン・タブレットといった物に姿・形を変えて実現されようとしているのでしょうか。


今日は2013年7月1日。PC-6001mkII発売からちょうど30年に当たります。一度手放したものが時を超えてまた手元に戻ってきたのは何のめぐり合わせなのか。でも、これからは本当によほどの事がない限り手放すことはしないでしょう。

発売から30年おめでとうございます。そして少年時代のたくさんの思い出をありがとうございました。

PC-6001mKIIと私_02PC-6001mkII本体

(余談)
記事中にあげていない中で、他に当時持ってたゲームソフトは
 「MIRACLE SHIP」(T.I.P) 「来なさい!」(ハドソンソフト) 「EGGY」(ボーステック)
 「SX-2 ドイツアフリカ装甲軍団」(アスキー)
以上4本を所持していたのは覚えています。まだ有るかも?しかし、この4本は現在どれも持っていません。
「MIRACLE SHIP」なんて実物を見るのはもう不可能かもしれませんね。
(追記)
持ってたソフトで載せてなかったのを唐突に思い出したので上げておきます。
 「ゴルフアイランド」(テクノソフト) 「プロフェッショナル麻雀」(シャノアール)

(追記2 / 2018年1月5日)
記事本文また余談に挙げていたゲームソフトの殆どは、2018年1月5日までに入手しました。
ちなみに「ゴルフアイランド」は、実際に持っていたのは「ゴルフアイランドスペシャル」でした。
これで、当時持っていて現在持っていない残りのゲームは
覚えている限り「は~りぃふぉっくす 雪の魔王編」「MIRACLE SHIP」の2本、となりました。
「雪の魔王編」は入手できる可能性はありそうですが、「MIRACLE SHIP」は現品そのものを見ることが出来るのでしょうか。

2013/07/13 21:33
(追記)の部分を追加。
2018/01/05 12:46
(追記2)を追加。